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メリケンお浜の一生:小堺昭三

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メリケンお浜の一生:小堺昭三

チャブ屋で有名な小説は、小堺昭三の「メリケンお浜の一生」です。
昭和47年5月号の「小説宝石」に掲載された。小説であるが、事実に近い内容を詳細に書かれていて本牧を代表する書籍。

以下の新聞記事で現役のチャブ屋ガール時代から亡くなった時までの生涯がわかると思います。

小説と事実の大きな違い

①小説では、関川はま子となっているが本名は、関根イチ。

②小説では、お浜さんを殺害した犯人は初恋相手のピアノの教師
田島であるが、実際には容疑者が浮かんでいたが物証がなく迷宮入り。

③小説では、淡谷のり子の「別れのブルース」は、作詞家の藤浦洸と
作曲家の服部良一がキヨホテルに泊まり翌朝、お浜の部屋で作られたと あるが、実際には以下の通りである。

「横浜の山下公園、本牧を巡った末に立ち寄ったあるバーで、蓄音機を介して淡谷の歌う『暗い日曜日』を耳にする。この曲を聴いた服部は「本牧を舞台にしたブルースを彼女に歌わせよう」と考え、当時、存在した老舗ホテル「バンドホテル」をモデルに作曲の構想を練った。

※「別れのブルース」について
淡谷のり子は、低音を出すために今までに吸ったことがなかった煙草を一晩中吸い、一睡もせずに声を荒らしたままレコーディングを果たし、『本牧ブルース』の完成に至った。こうして完成した『本牧ブルース』だったが、当初のコロムビアは難色を示していた。詞も曲も頽廃的な点・時局にそぐわない点・今までヒットした曲と全く違う点・全国的に知名度のない「本牧」が題名になっている点などに批判が集まった。製作側は意見を汲んで『本牧ブルース』から『別れのブルース』へと改名した。

「国民新聞(ほんもく・らぷそでぃ)」昭和5年5月19日

「愛の巣」のク井ン インタナショナルなお濱さんの魅力
古風で、そして新しいヨコハマ

「まあ、あたいのようなものの話でも聞いて下さる?光栄の至りだわね。アハハハ」ホンモク・キヨホテルの午後二時千日かづらのように髪を振り乱して、彼女の真赤な唇は大きな「O」の字を描いた。素肌に西洋寝間着その上にドテラを羽織って、男のように懐ろ手をした彼女は、そしてアハハと豪快に笑いこけたのである。
ヨコハマ、ホンモク、・・・バスを小湊で降りて十二天のほうへ、いわゆる眼の蒼い彼等が「愛の巣通り(ラブネスト・アヴェニュー)」と呼ぶ横丁を、古風な松並木の散策路へぬけてすこしゆくと、植民地風のペンキ塗二階建が、窓にだんだら縞の日除けをかざして、気取っているのが見える。これがそのキヨ・ホテル。いわゆるドテラに懐ろ手をした、海賊船の姐御みたいな彼女の城展である。
彼女の名は「お濱さん」。ホンモクの、いやヨコハマの、いやいや世界の「お濱さん」だ。ニューヨークから、シスコから、コロンボから、マルセイユから、なんと、紫インクで打たれたタイプライターの恋文が、海を渡って”O-HAMA-SAN!”と彼女のふくよかな胸に飛びこんで来るのだ。お濱さんの微笑のひとつは、紅毛の外交官、鷲色眼の南洋の船員、さては黒ン坊の火夫たちの黒い心臓までを、がっちりと引きつかせておくだけの魅力を有つている、まことにお濱さんの魅力はインターナショナルなものである。
彼女はいう所のチャブ屋女の生涯に入ってすでに十年、とって三十歳、アマリリスよりも濃艶な年増盛りだ。今やダンゼン、クイーンとして本牧のホテル街に君臨し、毎月の稼ぎ高は1500円から多いときは2000円、という豪勢なもの。費い過ぎて金の足りなくなった客なんかには「これでも持っといでよ」とキンシャの長襦袢を投げ与える、というキザな頸當も時々やる。で、植民地風のキヨ・ホテルの、これまた建物とはちょいと不似合な盛塩が盛られた敷居をまたいで、わがお濱さんのインタビューを思い立ったわけなのだが「ま、お上がんなさいよ」彼女はそう云って例のドテラに懐ろ手のまま、ピンク色の長襦袢の裾を寝間着の下に乱して、のっし、のっしとホテルの階段を上がって行った。
※当時の大卒の初任給が50円程度。

 「神奈川新聞」昭和44年3月4日

バーの女主人殺される 南区真金町 首にストッキング

3日9時半ごろ、南区真金町2-22、バー「浜子」の店の奥三畳間で、経営者関根イチさん(73)が婦人用ストッキングで首を絞められ、上半身にふとん二枚をかぶり、うつぶせになって死んでいるのを、家賃の集金にきた同じ建て物内の管理人、森沢不二子さん(52)が発見、寿署に届けた。同署は殺人事件とみて、県警捜査一課、鑑識課の応援で捜査本部を設けた。
イチさんはふだん着の和服を着て、乱れた様子はなかった。室内はふとんや紙クズ、ビニールに包んだゴミなどが散乱していたが物色の形跡はわからない。左手にはめていた真珠の指輪2個と、金のネックレス、押し入れのフロシキ包みの現金二千円は残っていた。 捜査本部は①首を絞めた跡がある②ふとん二枚が上半身にかぶせてあり、その上にチャブ台がまたぐように乗せられていた-などから殺人と断定した。
解剖の結果では、死因は心臓衰弱だが、首を絞められたときのショックで心臓が止まった、という見方。死後推定時間から、殺されたのは1日夜とみられている。一方、発見者の森沢さんの話だと、前夜6時すぎ、家賃を取りに「浜子」へきたとき、カギがかかっていた。この朝再びきてみると、いつも閉まっている店の表戸が開き放しになっていたため、不審に思ってはいってみた。奥の三畳に寝ていたイチさんの足にさわると冷たいので、びっくりして110番したという。この話だと、イチさんが1日夜殺されたあと、2日から3日までにさらに誰かが「浜子」へ出入りしたことが考えられるため、さらに森沢さんに確認を急いでいる。
近所の女性の話だと、殺された前日の夜8時半ごろ、「浜子」の店の前に、ネズミ色の作業着を着た男が立っていて「お浜さんはいるか」と聞かれた。店内には電灯がついていたが「知らない」と答えた、という。
現場は市電曙町停留所から南へ約500メートル離れた旧特飲街のまん中。最近はバーや旅館街になっている。イチさんは若いころ、本牧・小湊の”チャブ屋街”で「おはま」の名前でナンバーワンと騒がれた女性。戦後はいまの店を35年末ごろから始め、一人で三畳に寝起きしていたが、客が来れば店で接待する、といった気まぐれな営業ぶりで、親族や業者仲間とのつき合いもほとんどなかった。
またイチさんは40年ごろから乳ガンをわずらい、42年7月入院、手術をした。最近もこのガンの転移で、健康はすぐれなかった。
”メリケンおはま”で有名 チャブ屋の売れっ子

他殺体で発見された「関根イチ」さん(73)は、この名前では知る人も少ないが”本牧チャブ屋のメリケンおはま”といえば、オールド・プレーボーイの間で知らぬ人はない、というほどの売れっ子だったという。50年も前の話だ。
当時、チャブ屋街は、外人や高級船員も集まる異色の歓楽街。おはまさんは、その中でも最高級の「第一キヨ・ホテル」のナンバー・ワンだった。背が高くて美人、英語がうまく、気っぷもいい、ということで、特に外人の間で評判をとり、その名は外国にまで知られたほど-と、全盛ぶりを知る人の話。一方では、奇行も多く、その意味でも名物女だった。昭和初年ごろまで本牧時代。その後、横浜港近くで「ジャポン」という名のバーを経営、戦前まで続けていたが、やがて消息が聞かれなくなった。
真金町で、いまの「浜子」を始めたのは、35年末からだが、このころは金銭的にも不遇で、古い知人や親類を訪ねては金の無心をすることも多かったらしい。しかし、落ちぶれても、かつて、”本牧の女王”と騒がれた時代が忘れられず、70を越えた近年も全身に厚化粧したり、近所の子供たちにポイと千円札をくれてやることがあったそうだ。自分の店に、花やかだったころの写真を額に入れて飾るなど、幻影を追い求める心が人一倍強かった。と近所の人たちはいっている。
磯子・中根岸の生まれ。正式の結婚をしたことはなく、ここ数年来は古い知人のKさんから月々数万円をもらっていた。
横浜文芸懇話会会長・牧野イサオさん(61)の話「”おはまさん”といえば大正8、9年から昭和の初めにかけて本牧チャブ屋街を舞台に大活躍した人だ。キヨ・ホテルNO1ということで、一時は本牧女王の感があった。若い時分には全身におしろいをぬり、長じゅばんでホールに出ては外人にサービスしたが、気位が高くてめったな客は寄せつけない。外国船でも機関長、船長クラスでないとだめだったね。とにかく外貨獲得の先駆者みたい女だった。戦後、私は北京から引き揚げてきて間もなく彼女に会ったが、本牧の接収でこのときはもう真金町に移っていた。気位の高いところなんか以前と少しも変わってなかった。ハマのオールド・ボーイにはよく知られた人だったなあ。」

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この記事は、「消えた横浜娼婦たち」(データハウス)
から情報を使わせて頂いております。素晴らしい本です!

参考:『メリケンお浜の一生』小堺昭三・著 波書房 1972年

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