横浜の歴史散歩

根岸競馬場跡

横浜市中区根岸台(根岸線桜木町駅バス根岸駅行旭台下車1分) バス停を降り、根岸森林公園の入口を入るとうっそうとした木立の間から黒ずんだ巨大な鉄筋コンクリート造のスタンドが見える。ここが近代洋式競馬の発祥地である根岸競馬場跡(ねぎしけい...
横浜の歴史散歩

三渓園

横浜市中区本牧三之谷293(根岸線桜木町駅バス本牧市民公園行本牧三渓園前下車) 生糸貿易商として財をなし、関東大震災後の横浜の復興に尽力した実業家原富太郎は、また美術愛好家としても知られていた。孔雀明王画像(国宝、東京国立博物館所蔵)...
横浜の歴史散歩

みなとと山下公園

1858(安政5)年に結んだ日米修好通商条約では開港場は神奈川と記されている。しかし攘夷熱の高まる中で宿場町・港町としてにぎわい、人出の多い神奈川では外国人とのトラブルが心配であった。幕府が他の適当な所を再検討し始めた時、勝海舟の門人佐藤政...
横浜の歴史散歩

中華街

現在、”中華街”といえば、ヨコハマの味を代表する中華料理店の並ぶところといっても過言ではない。 1859(安政6)年、横浜開港以来、欧米人は多くの清(しん)国人をつれてきた。貿易に従事した経験を生かして海産物の買付けなどを行なうためと...
横浜の歴史散歩

横浜駅

1872(明治5)年10月14日、横浜・新橋間に鉄道が開通した。当時の横浜駅は現在の桜木町駅の所にあった。駅舎はアメリカ人建築家ブリジェンヌが設計し、1871年9月に完成している。当初、横浜駅は、桜木町駅前の大江橋を越えて関内方面に設けられ...
横浜の歴史散歩

横浜絵(横浜錦絵)

「横浜絵」は江戸時代、唯一の開港場長崎を背景にオランダ人や中国人の風俗などを描いた「長崎絵」に対する呼び名で、開港期の横浜を舞台に、異国風俗を紹介した多色刷の木版浮世絵である。その作品は,およそ800点にのぼり、そのうち約70%は横浜開港の...
横浜の歴史散歩

本牧神社のお馬流し

お馬流し(おうまながし)(県民俗)は、横浜市中区本牧和田の本牧神社(ほんもくじんじゃ)に伝えられる。神社はもと十二天社といい、本牧十二天にあった。戦後米軍に接収されて本牧2丁目、さらに現在地へと移ったもので、跡地の前面海域は埋め立てられて昔...
横浜の歴史散歩

伊勢佐木町

「ザキ」と横浜市民から親しまれている伊勢佐木町(いせざきちょう)は、元町・横浜駅周辺とともに横浜を代表する繁華街である。その町名は1874(明治7)年に制定されたが、その由来は、神奈川奉行を勤めた依田伊勢守と佐々木信濃守の姓をとったからとか...
横浜の歴史散歩

馬車道

吉田橋から県立歴史博物館にむかう通りは、街灯や電話ボックスが明治時期の洋風に模して作られ、往時をしのばせてくれる。この通りを馬車道(ばしゃみち)という。文字通り馬車の通る道で、居留地の外国人の要求により1867(慶応3)年3月に作られた。 ...
横浜の歴史散歩

横浜

エキゾチックなひびきをもつ ”みなと横浜”。「横浜」の地名を最も古く見ることのできるのは磯子区にある宝生寺が所属する嘉吉2(1442)年の古文書である。横浜のめざましい発展は幕末の開港にはじまる。そして今、”みなとみらい21(MM21)”を...
横浜の歴史散歩

横浜ことば

横浜開港とともに、人々が集まり、外国人との接触が多くなった。そのような中で、貪欲(どんよく)に多種多様な文物を受容していった横浜の人々の積極的な姿を、次の「横浜ことば」から見てみたい。 どろんけん            よっぱらい  ...
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました